大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和43年(行ス)3号 決定 1968年6月15日

抗告人

大阪府東警察署長

大本美男

右指定代理人

広木重喜

ほか六名

右選任代理人

道工隆三

ほか三名

相手方

佐々木宗一

右代理人

菅原昌人

ほか七名

主文

原決定を取り消す。

本件申立を却下する。

原決定の執行停止の申立を却下する。

本件申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙(一)ないし(三)に記載の通りであり、これに対する相手方の主張は別紙記載の通りである。なお当事者双方の主張は原決定の記載の通りであるからこれをここに引用する。

当裁判所の判断は次の通りである。

一件記録によると、ベトナム反戦全国行動大阪実行委員会が行わんとしている本件集団示威行進の通行区分につき、本町四丁目交差点から道頓堀橋南詰までは西側歩道を行進することに条件として定められたことによつて西側緩行車道内を行進することと較べてそれが集団示威行進の効果を多少減少せしめる結果になるであろうことは推測に難くないところであるが、これが為本件集団行進の目的に対する一般市民への呼びかけ及び市民の集団示威行進への自由な参加と共鳴とを不可能ならしめる結果になるとは認められず、他方本件行進予定区間たる御堂筋が大阪市内を南北につらぬく大動脈であつて車輛等の交通量が極めて多いことは抗告人提出の疎明資料によつてこれを認めるに充分であつて、かかる本件道路の特殊性に鑑みるときは、本件示威行進が緩行車道内で行われる場合は一般交通が著るしく阻害され、不測の事故が発生する虞れも考えられないではない。これらの点を比較考量するときは、抗告人が本件許可処分をするに当つて、道路交通法七七条三項に基づき、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑をはかる為、条件を付して許可する旨の処分をしたことは違法ではなく、これをもつて憲法に保障された表現の自由を奪つたり、著しく制限したものということはできない。

その他本件執行停止の申立を認容するに足る疎明はない。なお以上説示と異なる部分を除く外当事者双方の主張に対する当裁判所の判断は、原決定の理由と同一であるからこれを引用する。

従つて相手方の本件執行停止の申立を認容した原決定は不当であるからこれを取消し、右申立を却下することとしなお本件抗告の提起に伴う原決定の執行停止を求める申立は必要がなくなつたからこれを却下し、本件申立費用及び抗告費用は相手方に負担させることとして主文のとおり決定する。(小石寿夫 宮崎福二 舘忠彦)

別紙一即時抗告および原決定執行停止の申立

(申立の趣旨)

一、原決定を取消す。

一、本件申立を却下する。

一、本件即時抗告に対する決定があるまで、原決定の執行を停止する。

一、申立費用は原審および抗告審とも相手方の負担とする。

との裁判を求める。

(原決定主文の表示)

申立人の昭和三四年五月二七日付大阪府公安委員会に対するベトナム反戦全国行動大集会集団示威行進(同年六月一五日実施予定)許可申請に対し、被申立人が同年六月一〇日付でなした許可に付した条件のうち、通行区分につきなした「本町四丁目交差点から道頓堀橋南詰までは、西側車道を歩行すること」との条件の効力はこれを停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

(申立の理由)

抗告人の主張および疎明は、原審において提出したもののほか、当審で補充するとおりであるが、原決定は事実を誤認し、法律の解釈を誤つたものといわざるをえず、到底承服することができないので本申立に及ぶ次第である。

なお、当審における抗告人の主張疎明の補充は直ちに追完する。

別紙二即時抗告申立理由補充書(一)

第一 原決定は、まずその理由として本件申立は集団示威行進の本質に鑑み、処分により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるものと認定している。

一 そして相手方が本件許可条件の対象区間の西側歩道の通行を条件とされることによつて蒙ると主張する不利益は、本件申立書の記載からも明らかなように歩道を通行すべき一般歩行者の通行の自由を害するとともに本件集団示威行進の目的とするところを一般市民に呼びかけることとその集団示威行進への自由な参加と共鳴を不可能とするというところにあるが、右行進による表現上の効果として相手方が主張する一般市民に対する呼びかけ等は、この区間の歩道と緩行車道が全線にわたり直線的に併行して通じているという形態からみて特に緩行車道を通行することのみによつてなしうるということはできないのである。

二 しかも本件許可条件対象区間の西側歩道は、抗告人が原審で提出した意見書、疎明資料からも明らかなように、約五メートルの巾員を有しており、これを二、五メートル巾四列縦隊の本件集団示威行進が通行するとしてもなお二、五メートルの巾員が一般市民の自由に通行しうるものとして残存するのであるし、しかも本件集団示威行進が本件許可条件対象区間を通行する時間における歩行者数は、同区間の両側にはビルが林立し、全くのオフイス街となつているという場所的な特異性のため非常に少ないのであるから、右歩道を通行する歩行者があつたとしても、決してそれら歩行者の通行の自由を害するというようなおそれはないものといわざるをえない。

三 その反面において、右意見書および疎明資料からみても、本件集団示威行進が本件許可条件対象区間を通行する時間帯に右区間の緩行車道を通行すれば、同車道を北進する車両はその運転者においても万一に起り得べき接触等の事故の発生を慮り、緩行車道の通行を差控えようとするため、結果的には同車道から締め出されることになるのは明らかであり、そのため車種、最高速度を異にする各種車両が御堂筋の一般交通の安全と円滑を図るべく予め設定、指定された車両通行帯にもかかわらず、疾行車道のみを混り合つて走行せざるをえない結果を招来することとなり、必然的に交通の混乱を招いて車両相互の追突接触等の事故発生の危険性を増大するのみならず、本件集団示威行進参加者が三、五〇〇名の場合は約一時間五〇分、一万名の場合は約三時間の間それぞれ一、六二五キロメートルの本件許可条件対象区間(御堂筋のうち本件集団示威行進が通行を予定する区間の約五分の四を占める。)の緩行車道を占有することとなるため、その疾行車道及びこれと交差する主要幹線道路の車両の通行に激甚なる影響を与えることは明白といわなければならない。

四 されば相手方が本件許可条件による不利益として主張することと、本件許可条件対象区間における右行進参加者を含む一般交通殊に車両通行の安全と円滑とを比較衝量した場合、本件許可条件は、何ら本件集団行進の本質を害するということはできず決して本件執行停止の申立は処分により生ずる回復困難な損害を避けるため、緊急の必要があるとは認められないと云わざるを得ないのである。

第二 次に原決定は本件許可条件対象区間とそれに接続する道頓堀橋南詰から難波西口交差点までの間の西側緩行車道の車両の通行量は殆ど大差ない旨認定し本件許可条件は法律の適用を誤つたものと判断しているが、次に述べるように明らかに事実を誤認するものである。

一、右両区間の距離は、前者が一六二五メートル後者は四二五メートルであり前者が御堂筋における本件集団示威行進予定区間の大部分の五分の四を占めているのであつて両区間における緩行車道の車両の通行量自体には大差がないとしても本件集団示威行進が緩行車道を通行した場合すでに述べた距離関係からみてその進行の右緩行車道を占有する時間にも比較にならない相違をきたし長時間にわたつて本件許可条件対象区間の緩行車道を占有する結果右両区間の緩行車道の車両の通行量に大差のないことが逆に本件許可条件対象区間緩行車道は勿論のこと疾行車道を含む御堂筋における一般交通の安全と円滑に対し、重大な影響を及ぼす結果を招来することは自明のことといわなければならない。

二、原決定は、本件行進について条件を付された区間本町四丁目交差点から道頓堀橋南詰までの区間とその通行を許可した緩行車道(道頓堀橋南詰より難波西口交差点までの間)区間の車両の通行量は殆んど大差なく、その他に右両区間の通行方法を区別すべき特段の事情はこれを認めえないとされている。しかし条件区間には御堂筋北行(緩行車道)車線から左折可能箇所が本町四丁目、厚拘町、博労町、安堂寺橋通、新橋、鰻谷西之町、西清水町、周防町、三ツ寺町、道頓堀橋南詰の一〇ケ所、御堂筋に接続する東西道路の西側部分から御堂筋への右折可能箇所は、本町四丁目、南本町四丁目、北久太郎町、北久宝寺町、順慶町、塩町四丁目、新橋佐野屋橋南詰、大宝寺町西之町、八幡町、道頓堀橋北詰、同南詰の一三ケ所があり、更に御堂筋に接続する東西道路の東側部分から御堂筋への右折可能箇所は博労町、安堂寺橋通、新橋、周防町の四ケ所がある。

これらの道路角から左折、右折して北進する車両は、歩道上の行進では隊と隊との間隔が五〇メートルを維持される限り影響を受けないのに比べて緩行車道上の行車では緩行車道の巾員約五メートルのうち四列従隊の巾約二、五メートルを占拠するために条件区間の緩行車道は、集団行進の隊列全部が完全に通過する期間、交通事故もしくは危険を避けるために全然車両の通行を遮断せざるを得ない結果となるのであつて、緩行車道を行進する区間を延長することは、それに東西より接続する前記各道路より、この区間の緩行車道に左折、右折して吸引されそのまま北進するものと、暫時北進して、そのうちまた東或いは西に去り行く車両の数も夥しいのであるから、その延長区間を北進する車両は全部道頓堀橋の南詰以南を北進して来た車両のみと観るのは失当であり、しかも右の左折、右折地点における混乱を考慮外において原審決定が条件区間と行進を許容した区間の緩行車道の車両の通行量が殆んど大差ない点のみに着目して、本件許可条件は道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要であるとは言えないと抗告人の主張を一蹴したのは、甚だしき事実の誤認である。

これに加えて条件区間には路線バスの停留所が、

本町四丁目、南久宝寺四丁目、新橋、大宝寺町西之町、道頓堀橋、

の五カ所にあり、緩行車道の行進を許容した区間には、

難波

に一カ所あるだけであるが、若しも条件区間をも行進を許すとすれば、前記五カ所の停留所におけるバスの乗降客は、グリーンベルトに停留所を仮設してこれに誘導するか、若しくは乗降させないで通過するの他なきに至るのであつて、これに伴う交通障害乃至交通事故も考慮しなくてはならないのに反し、条件の通りであらばその憂慮は全然必要ないのである。

三、他方道頓堀橋南詰、難波西口間は、いわゆる南の盛り場であつて歩道に接する店舗が開店するため、歩道上には相当の歩行者があり、かつ、歩道巾員も本件許可条件対象区間よりも狭く、立看板や客の立入、店頭の混雑などが著しい状態である。

殊に歌舞伎座前南方歩道上には、地下鉄一号線と難波地下街に通ずる出入口が存在するため、付近歩道は極端に狭隘(2.7ないし3.0メートル)となつており、この部分を本件集団示威行道が通行する場合、たちまち、渋滞と混乱をきたし却つて歩道を通行する一般歩行者の歩行を、妨害することとなるし、この区間については距離も僅かであるので止むおえず必要最小限度の措置として、緩行車道の通行を許したにすぎないものであつて、決して自由に緩行車道を通行できることを前提として同車道の通行を許したものではないのである。

四、このような事実関係からするならば、本件許可条件はその対象区間における一般交通の安全と円滑を保持するための最少限度の措置であつたといわざるを得ず十分に合理性を有するものと確信する次第である。

第三 更に原決定は、本件許可条件を付することは、本件集団示威行進の基礎である表現の自由を制約するものであると判断した。

しかし、本件許可条件がいかなる点において表現の自由を制約したことになるのか、原決定からは全く明らかでなく理解に苦しむところである。

そして、すでに述べたように、本件許可条件はそれを付することによつて何等本件集団示威行進が意図する表現上の効果を制約することにならないのみならず、本件許可条件は、一般交通の安全円滑を主旨とする公共の利益のために極めて合理的な理由を有するものである。

四、結語

以上のとおりであるから速やかに原決定を取消し、本件執行停止の申立は却下されるべきものであると確信する。

なお、本件集団示威行進は、その実施が昭和四三年六月一五日午後六時三〇分以降という急迫性を伴つているため、本件即時抗告に対する決定がなされるまでの間、原決定の執行の停止がされない場合には、本件許可条件対象区間における一般交通の安全円滑は著しく阻害されるおそれがあるので行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第四一八条第二項により原決定の執行の停止を求めるものである。

疎明方法の追加<省略>

別紙三即時抗告申立理由補充書(二)

一、車両左右折の場合の交通事情について

車両は左折するときは、道交法第三四条第一項の定めるところにより「あらかじめその前から出来る限り道路の左側により、かつ徐行して」行なわねばならないこととなつている。(この違反は、一万円以下の罰金若しくは科料。道交法第一二一条第一項第一号)本件許可申請の御堂筋においては、第一通行帯を通行すべき車両は、そのまま左側によりかつ徐行して行ない、第二、第三通帯を通行すべき車両が左折せんとするときは、交差点の直近におけるグリーンベルトの切目より一たん第一通行帯に侵入したのち左折することとなる。これによつて第一通行帯のみならず、第二、第三通行帯におけるスムーズな走行を確保しているのである。

(1) これに対し本件主催者の主張するデモ隊の緩行車道すなわち第一通行帯の通行が実施された場合にあつては、第一通行帯の交通が極めて渋滞することはもちろん第一通行帯を通行すべき車両の殆んどが、第二通行帯を走行することとなり、同帯においては最高速度の異なる車両が混在することにより、円滑な交通が阻害されることとなり、しかも左折せんとする車両は、止むおえず第二通行帯において左折せんとする、交差点の直前において、減速のうえ左折しなければならず、本来疾行車道であるべき第二通行帯の機能がマヒする結果となる。また左折に際しても第一通行帯において左折するよりも第一通行帯プラスグリーンベルトの巾の分だけより多くの時間を要することおよびその道路の中央に近いため大きい角度で左折することとなるので、第二通行帯の渋滞はより、増大する結果となり、結局円滑な交通は第三通行帯の一本以外には期待しえないこととなる。

また第二、第三通行帯は通常の場合、直進線であるため、後続の運転者が通常の速度でもつて直進しようとした場合これらの左折車の減速によつて、随所に追突事故発生のおそれがけねんされる。

(2) また同交差点において、東より西に向う車両が、前記の左折車の渋滞によつて直進速度を落さざるをえなくなり、このため必然的に東西線の円滑な走行が阻害されることになる。

(3) なお東西線において右折可能の交差点においては、第二通行帯の左折車両の停滞および前記(2)による直進、(東より西へ)する車両の停滞によつて、反対側車道(西より東へ)の走行を圧迫することとなり、しかも右折せんとする車両が東進車の走路を妨害する結果を招来し、渋滞を愈々拡大することとなる。

以上の通り一方交通の停滞は幹線道路の交差点という特性から右のような交通上の障害および事故等が加速度的に発生することが極めて濃厚であり、一般交通に著しい影響を及ぼす。

疎明方法の追加<省略>

別紙四意見書

一、申立人が、被申立人の大阪府公安委員会に対して行なつた許可申請について昭和四三年六月一日付でした条件付許可処分は、以下に述べる理由によつて元来法律上その効力がない。

(一) 申立人が、右許可処分を行なつたのは、大阪府公安委員会が、大阪府道路交通規制第一五条三号によつて「道路において集団行進・競技・仮装行列・バレードその他の催物をすること」を、道路交通法第七七条項四号の規定によつて警察署長の許可を要する行為と定めているためであると思われる。

(二) しかしながら、道路交通法第七七条第一項の規定により警察署長の許可の対象となる行為は、道路をその本来の用い方である通行の場としてでなく、他の目的のため使用する行為を対象とするものであつて、その行為が道路の効用を害し、必然的に交通の妨害となり、本来一般的に禁止さるべきものでなければならない。(昭和三五年一二月一九日警察庁丙保発第五〇号警察庁保安局長通達も同旨を認めている)

ところで、「集団行進」一般が、道路の効用を害し、交通の妨害となり本来一般的に禁止さるべきものであるかといえば決してそうではない。多数の歩行者が列を作つて進行することは、通行一般を目的として設置された道路の本来の用法に適合した利用の形態であるからである。

さればこそ、道路交通法第二章は、歩行者の通行方法を規定する中で、第一一条に「行列等の通行」の方法を定めているのであり、ここにいう「行列等」の概念に「集団行進」が包含されることは、道路交通法施行令第八条に徴するまでもなく明白である。

つまり、道路交通法は、「集団行進」を目して、道路本来の用法に適合する使用の方法として位置づけているのであり、これを一般的に禁止するというが如きことを全く予想していないのである。

(三) このことは、道路の使用等の禁止行為等を定める道路交通法第七六条、第七七条において「集団行進」について全く触れるところがないということによつても裏付けられるのであり、他方「集団行進」殊に「集団示威行進」等については、必要に応じて府道府県その他の自治体においていわゆる公安条例が制定され、公共の福祉(その中には一般の通行をも包含することはいうまでもない)との調和が図られているという裏付に照らして殊更、道路交通法によつて規制を加える迄の必要が存しないという実質的な理由もあるやに推測されるのである。

(四) 結局、大阪府道路交通規制第一条三号が「集団行進」を警察署長の許可を要する行為と定めているのは、その根拠規定である道路交通法第七七条一項四号の委任の範囲を逸脱した無効の定めであるという他はないのであり、申立人がした条件付許可処分は法規上の根拠なくして被申立人及びこれによつて代表される集団の権利を制約するものであつて無効であるといわなければならない。

二、原裁判所の決定は、大阪府道路交通規制第一五条三号の規定を有効であるとし、被申立人らの「集団示威行進」に関し、申立人にその許可権限があるということを前提としてその判断を示しているが、いずれにしても歩道の通行を条件とする申立人の許可処分が無効であるという結論において原決定は相当であり、申立人の抗告は理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例